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昔の家具屋は今どうなってる?実体験を交えた忘備録。

この記事は長文の読み物系です。

お時間許す方はお付き合いください。

 

街の小さな家具屋は私にとって感慨深いものがあります。

お店の中に足を一歩踏み入れると、ラタンの座椅子がお出迎え。木製の座卓や小物が無造作に置かれていて、奥まで入っていくと婚礼家具や桐ダンス等大型家具が並んでたり。

小さい頃から家具を購入する時は親に連れられて親の知り合いの家具屋に買いに行っていました。

昭和の雰囲気と空気感が何とも言えず落ち着きました。

 

そんな昔ながらの家具屋ですが、平成20年頃までは街中でよく見かけましたが、今では殆ど見かけなくなりました。
私もメーカー営業で卸しをしていたので肌で感じました。

 

子供の頃から大好きだった家具、インテリアの世界に入ってはや17年。喜びと悔しさ入り混じる思いの連続でしたが、ここで一旦振り返りつつ、未来の家具業界に思いをはせたいと思います。

 

 

あの頃は家具屋も元気だった

 

昭和初期から桐ダンスや婚礼家具は飛ぶように売れ、私の地元名古屋でも親の世代は結婚すると軽トラックの荷台に購入したたくさんの婚礼家具を積んで嫁入りに行くような文化がありました。

そう、街の家具屋は元気でした。

今や商店街の多くはシャッター街と化していますが、当時は商店街の中にも多くの家具や雑貨の店があり繁盛していました。

子供の頃、家具を購入する時は、必ず祖父の代から世話になっているという家具屋に親に連れて行ってもらって購入していました。

 

平成20年頃まで、街の家具屋は本当に元気でした。夫婦で経営されているお店もあれば、若い方でも親から引き継いで経営されている方も多くいました。高級外車に乗っている方も多く『儲かってんなあ』というのが当時の印象です。

 

私は当時メーカーに勤めていたので家具屋ではなく、問屋と取引していたのですが、大きな問屋だと全盛期は毎週大型トラックを商品で満載にして発送していました。しかも週に3回もです!

それだけ家具屋も売れていたんですね、当時は。

家具屋、問屋にとって厳しい時代の到来

昭和の時代から頑張ってきた家具屋にとって平成は間違いなく厳しい時代になりました。

ニトリ、ホームセンター、ネットの普及。家具は家具屋で買うという庶民の意識が薄れ、家具屋は昭和に置き去りにされてしまったかのようでした。

 

相次ぐ家具屋と問屋の廃業と倒産。

特に平成10年〜平成20年にかけて全国的にみても大きな倒産が相次ぎ、私も担当していた問屋の倒産を目の当たりにした事もあります。

 

思い出したくもない悲惨な状況でした・・

 

いつも好意にしてもらっていた問屋の大型倒産。悲しさと悔しさで泣いた出来事です。

 

その日はいつも以上に大型トラックいっぱいの注文をもらって翌週月曜の朝、追加で注文をもらう予定だった。

月曜の朝、事務所に行くと、いつもならFAXで注文が入っているはずなのに、ない。

 

先週の金曜、確かに問屋の担当者が電話で言っていた。

『月曜、追加の注文FAX入れとくね!』と。

 

以前も朝FAXきていない事もあったし、忙しいんだろう。

だから催促するのもなんだし、昼まで待つ事にした。

その日は見積もりや社内の事務処理で追われ、気が付いたら15時をまわっていた。

16時頃、本社の経理から電話があった。『◯◯問屋、電話繋がらないけど今日休み?』

嫌な予感がした。すぐに問屋の営業に電話した。

『もしもし・・』

問屋の担当者『はい・・』

いつもは元気な人が暗い声でこう言った『ごめん・・』

すぐに問屋に向かった。事務所を出たのが17時。到着したのは19時過ぎ。

2月の雪が降る寒い日で凍えそうになりながら電車とバスを乗り継いで着いた頃には問屋の前に人だかりができていた。

どの顔ぶれも問屋の仕入れ先。中には意気消沈している人も。私もその1人であったが。

 

 

その日の事は一生忘れないでしょう。売掛金1500万円は帰ってこない。会社にどう説明すべきか・・

ていうか与信オーバーしちゃってるじゃん・・若造だった私はひたすら会社に謝りまくり10枚にわたり始末書を書いて提出。

上司やお偉いさんから厳しいお叱りを受けた事はいうまでもありません。

若いから結果的には許されたという訳ではありませんが、その時の悲しさと悔しさをバネに今の自分があると自負できているので超前向きに結果オーライとしています。

 

私が経験したのは問屋の倒産でしたが、結局家具屋が不況に陥ると問屋も売上が落ちるんですね。

 

特に問屋の場合、メーカーから大量に仕入れて在庫する事で家具屋に安く卸す訳ですが、家具屋が売れなかったら問屋の在庫は言うまでもなく増えていきます。

家具屋売れない→問屋の在庫が滞留する→支払いが厳しくなる。

という悪循環に陥る訳です。

 

こういう状況が平成10年〜平成20年頃まで全国的に起きていました。

 

街の家具屋が衰退した3つの理由

ニトリという強大な存在

ニトリは本当にすごいと思います。イケアや東京インテリアなども大型店ですがニトリは別格です。

全国各地に店舗を構えて、家具の展開だけでなく日用雑貨品に至るまでお店に行けば何でも安く揃いますよね。

悪い言い方かもしれませんが、街の家具屋はニトリに追い討ちを掛けられるように大きなダメージを受けました。

ネットショップの普及

今ではネットでお買い物は普通の事ですが、15年前までは普通ではありませんでした。今はどうでしょう?

楽天で買い物してポイント貯めてとか、アマゾンで商品を検索したり。

家具を買うとなると運搬も大変ですがネットなら自宅まで届けてくれますので楽ですよね。

店頭よりネットの方がお得に買える事も多々あります。ネットの普及によりユーザーの購入に対する思考も変わったのは確かです。

 

時代のニーズに合わなくなった。

分かりやすく言うと時代遅れ(言葉悪くてすみません)。それは店頭に置いてある商品であったり内装であったり。SNSを使って情報発信をしないのも少なからず影響します。

店主の方が高齢だとどうしてもそこまで手が回らないのは仕方がないかもしれません。

逆に言うとトレンド商品や展示、内装にこだわったお店は若い方も買い物に来ます。結果SNSで取り上げられ拡散。お客さんがお客さんを呼ぶって流れもできます。

これからの家具屋に必要な事。

これまで運良く生き残ってきた家具屋は遅かれ早かれ、間違いなく消滅します。

しかし、時代のニーズにあったショップやコンセプトが明確な家具屋はインテリアショップとして生まれ変わり、生き残る事が可能です。

 

もはや地元だけの売上では家具店を運営できません。いまだに地元のおじいちゃん、おばあちゃんしか来ないようなお店がまだまだあります。そういったお店は半分趣味で運営されているオーナーが多いので、それはそれで良いとは思いますが。

 

そうではなく、売上を伸ばしたい、生き残るんだという場合は『時代のニーズの変化』に柔軟に反応しなければいけません。

一つ例を挙げると今はネット環境さえあれば全国をターゲットに販売出来ます。こういった感覚がないオーナーは確実に店を潰します。

『いやいやネットでホームページあるよ』と言うオーナーは残念ながら見込みがありません。

 

昭和レトロな家具屋が消滅しつつあるのは寂しいですが、生き残りをかけて戦っていくには時代のニーズの変化に柔軟に対応していくしかありません。

 

なんだか厳しい事も書きましたが、これが街の家具屋の現実です。

それでも、私は頑張る家具屋を応援します。

タコノリ