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貫禄ある天才肌、巨匠アルネ・ヤコブセンの魅力。

貫禄ある天才肌、アルネ・ヤコブセンの魅力。

親分!って昭和気質な私は敬意を込めてそう呼んでしまいそうです。写真を見るだけで貫禄というか、もの凄いオーラが伝わってきます。貫禄がありますが建築家として多大な功績を残し、数々の名作家具を生み出しています。
そんな魅力あふれるアルネ・ヤコブセンについてご紹介します。

出身国


デンマーク

メモ
デンマークは税率が高くて有名ですが市民の幸福度は非常に高く2014年の国連世界幸福度では第一位になっています。税率が高い分、市民の為に医療費を無料にしたり大学までの授業料が無償など皆が平等で幸せになるべきという文化が根付いています。

生涯

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1902年にデンマークのコペンハーゲンにユダヤ系の父と母の元に生まれました。
父親はデンマークで貿易商を営んでいました。母親はデンマークの銀行にはじめて勤務した女性の一人でした。家庭は裕福でヤコブセンも生活に困ることなく幼少から青年まで育ちます。

母親は器用で自宅でよく自然に関する絵を描いていたようです。そんな姿を間近で見ていたヤコブセンは母親からの影響をしっかり受けていたと思います。

少年の頃からワンパクぶりを発揮して11歳の頃には寄宿舎に入れられてしまいます。その時に出会ったのがデンマークの近代建築のパイオニアと言われるラッセル兄弟です。

そして絵が得意であったヤコブセンは画家の道へ進む事を決意します。19歳の時には父親に画家になる事を反対され、なんと家出までしています。
しかし、ラッセル兄弟が画家になろうとしているヤコブセンをなんとか説得して建築の道へ進む事になります。

その後、ラッセル兄弟の勧めもあり、1924年にデンマーク王立アカデミーに受験し見事合格します。ヤコブセン22歳の頃です。翌年の1925年にあったパリ万博ではデンマークの椅子のパヴィリオンの設計に参加しています。

1927年にデンマーク王立アカデミーを卒業し、しばらくは建築関係の事務所へ勤めます。その頃に彼女であったマリー・イストラップ・ホルムと結婚します。

1929年にフレミング・ラッセンと共にコンペ形式で応募したモダニズムの形式を取った「未来の家」を発表。高い評価を受けデンマーク国内で一躍注目を浴びることになります。
このコンペをきっかけに住宅設計の依頼が増え始めた事もあり、同年に設計事務所を立ち上げます。その後も大規模リゾート住宅を手がける等、経歴を華やかなものにしていきます。

転機が訪れたのは1940年です。
ヤコブセンが38歳の頃、ナチスドイツ軍がデンマークへ侵略し占領されてしまいます。ヤコブセンはユダヤ人であった為、迫害を恐れました。その為ポールヘニングセンと共にスウェーデンへ亡命します。

亡命中は設計の仕事を一切行なわず、二人目の妻とテキスタイルデザインを手がけるなどして過ごしています。

第二次世界大戦が終了するとヤコブセンはデンマークへ帰国します。帰国後は建築の仕事をしながら、家具のデザインを本格的に開始。1950年初めの頃です。
しかし家具のデザインを始めたものの、メインは建築の仕事で晩年にはデンマーク国立銀行を手掛ける等、国家レベルでの仕事もしています。

1956年に竣工したデンマーク初の高層ビル、SASロイヤルホテルでは建築設計から始まり、インテリアデザイン、内装、食器、ドアのノブなど細部に至るまで自らの手で行なっています。

人生最後の仕事はデンマーク国立銀行ですが竣工を見届けることなく、1971年3月24日、69歳で死去しました。

代表作

・アントチェア
・セブンチェア
・スワンチェア
・エッグチェア
・アリンコチェア
・グランプリチェア
・ドロップチェア
・エイトチェア

さいごに

第二次世界大戦の激動の時代を生き抜き、建築で多くの功績を残したアルネ・ヤコブセン。家庭が裕福だったとはいえ大変な時代であった事は間違いありません。そのような状況下で建築だけでなく、数々の名作家具を生み出してきました。
本当に凄い人だと思います。

椅子にフォーカスするとハンス・J・ウェグナーに比べたら作品数は少ないですが、ヤコブセンは家具に限らず時計など日用品もデザインしています。幅広く才能を発揮しているのです。

私が個人的に興味を惹かれたのがヤコブセンの人間性ですね。
小さな頃、部屋の壁の色を真っ白に塗ろうとしてお父さんに怒られたり、少年時代にわんぱく過ぎて寄宿舎に入れられたり、画家になろうとしてまわりに猛反対されて頭に来て家出したり。
ウィットに富んだ魅力的な性格が名作を生み出す原点となっていたのかもしれません。


出典:SASホテル

死ぬまでに一度はヤコブセンが設計からインテリアまで一貫して手がけたSASホテル(現ラディソンブルーロイヤルホテル)に宿泊してみたい!