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気品あふれる努力家 ハンス.J.ウェグナー

気品あふれる努力家ハンス.J.ウェグナー

ウェグナーが創り出した椅子はどれもシンプルでありながら気品にあふれています。
デザインした椅子は生涯を通してなんと500脚以上。

椅子は適当に考えてポンポン作れるものではありません。見た目のデザイン、構造など品質に関する事など細かい部分までしっかりと考えて作られます。

そう考えるとウェグナーの椅子に対しての情熱と努力はもの凄い事だと感じずにいられません。
決して天才ではなく、努力の人でした。

 

ー私がはじめてウェグナーの事を知ったのはYチェアがきっかけでしたー

Yチェアをはじめて見たのは17歳、忘れもしません。初デートの時です。待ち合わせの時間に早く着き過ぎたので、緊張しながらインテリアショップで時間潰しをしていた時に見つけたのです。それがはじめての出会いでした。あの美しい後ろ姿、フレームに触れた時の木の温もりと優しさ。恋に落ちました(笑)

それまであまり椅子に興味はありませんでしたが、椅子に興味を持つきっかけになったのがYチェアです。
彼女に恋するように椅子に恋した若かりし頃のほろ苦い思い出です。

Yチェアは上品で優しさが伝わってくるので、きっと優しいお方が創り出したんだろうなと勝手に想像していました。はじめて本人の写真を見た時は優しそうなおじいちゃんって勝手に想像していて割とイメージ通りでした。けれど目の奥に内に秘めたるものを感じます。優しさの中にも厳しさが共存している感じ。

そんな魅力溢れるハンス・J・ウェグナーについてご紹介します。

出身国


デンマーク

メモ
デンマークは税率が非常に高いことで有名ですが、その分医療費が無料だったり大学までの授業料が無料など国民が皆平等で幸せに生きていく文化が根付いているようです。

生涯

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1914年にドイツとデンマークの国境に位置するトゥナーに生まれました。父は靴職人であったので幼い頃から物作りに興味があったのかもしれません。物心ついた頃には家具製作をする為、H.F スタルベアーグに学び、17歳で家具職人の資格を取得しました。国立産業研究所に通いながら木材の研究、職人としての腕を磨く為の下積みをする努力家であったようです。

20歳まで家具製作の腕を磨いた後、兵役の為コペンハーゲンへ行きます。兵役が終わった後もそのままコペンハーゲンに残り、23歳からコペンハーゲン美術工芸学校に通います。ここでは家具の設計について学びます。
その時に出会ったのがボーエ•モーエンセン。あのスパニッシュチェアを創ったお方です。生涯に渡り公私共に仲が良かったようです。

1940年、26歳から3年間、アルネ・ヤコブセンの事務所に勤務しました。建築家であったアルネヤコブセンがオルフス市庁舎の設計をする際には助手として家具のデザインをしました。家具工房ヨハネ・ハンセン社と協働し出したのもこの頃からです。

そしてはじめての代表作となる作品チャナチェアが誕生します。1943年の事です。その後も数々の名作が生み出されていきます。

その後ローニング奨学金を受けてアメリカ、メキシコに1年間滞在。

1984年、70歳の時にデンマーク女王より栄誉称号であるナイトの称号を受けました。

1995年に生まれ故郷であるトゥナーにウェグナー美術館がオープン。

2007年1月26日に92歳で死去しました。

代表作

チャイニーズチェア
・ピーコックチェア
・ザ・チェア
Yチェア
・ザ・カウホーンチェア
・ヴァレットチェア
・スリーレッグドシェルチェア
・サークルチェア
・PP701
・ベアチェア
・ペーターズチェア
・ロッキングチェアJ16

最後に

ウェグナーの作品はニューヨーク近代美術館に展示されたり、数々の賞を受賞しています。
1960年のアメリカ大統領選挙の討論会でケネディ大統領が『ザ・チェア』に座った事も有名なエピソードです。

Yチェアは世界で最も売れた椅子の一つとも言われています。発売されたのが1950年。今から70年も前の事です。今だに人気が衰えず憧れの的だなんて、すごいの一言です。

どの世界にも偉人はいますが、私を椅子の世界へ誘ってくれたハンス・J・ウェグナー。
これからも彼の偉大な功績は作品として、そして実用品として世界中に愛され続けるでしょう。